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いつか記憶からこぼれおちるとしても 江國香織

 

毎年、1月1日には江國香織さんが書いた短編集”いつか記憶からこぼれおちるとしても” に収録されているテイスト オブ パラダイスを読むことに決めている。

 この短編集は裕福な家庭の子が多く通う高校の女の子たちの話のオムニバスで、テイスト オブ パラダイスは母娘仲はいいけれど、夫婦仲はあまりよくない家庭の女の子(柚)が主人公の話だ。

 

 柚は友達の紹介で出会った男の子(吉田くん)とデートを重ねて、"ママ"といろいろな場所に出かけたり、買い物に行ったりする。特別何か大きな事件が起こったりするわけではないけれど、私はこのお話が大好きだ。自分の思い出とリンクする部分がたくさんあるし、贅沢で幸せで少し悲しいお話だから。

 

柚は"あたしたちにとって、ママというのはお金と安心を両方持った親友なのだ"と言っていたけれど、私も本当にその通りだと思う。母親には友達にするような遠慮もいらないし、趣味も似ているから(似ているのではなく似せられたのだろが)会話も楽しい。 

淡いサーモンピンクのジャケット、中庭のあるティールーム、美濃吉のランチ。柚の母親は買い物をたくさんする。柚は高価なものでもきっと母親に買ってもらえるのだ。モノやお金が十分にあるってとても贅沢だ。贅沢な気持ちは人を安心させる。

 

 一方、吉田くんとのデートは基本渋谷とか表参道をぐるぐる歩くだけ。柚はそれにちょっとうんざりするんだけど、高校生のデートなんてこんなもんだったよなあってちょっと懐かしく思ったり。それと、江國香織さんが二人のデートの場所に渋谷とか表参道を登場させることにとてもセンスの良さを感じたり。間違っても原宿なんかをデートの場所にしないのが江國さんらしい。

 

柚と吉田くんは親には内緒で元旦の早朝に会う約束をして、二人で近所のファミレスでお茶を飲んで帰ってくる。

その時、柚が気に入ったプーさんのおもちゃを吉田君が買ってくれるのだが、それに柚はすごく感激するのだ。"あたしはそのプレゼントがすごく嬉しかった。-ばかばかしいくらい胸にしみちゃって、あたしはこんなに一人ぼっちだったのかって思った"

 柚は、"ママ"があんなに贅沢に買い物する理由を"幸せじゃないことへの復讐"のためだと言っていた。きっと柚は、ママの心の底の注意が、自分に向けられているようでいて本当は父親を見つめていることを、自覚はないけれど無意識に感じているのだと思った。(※)だから、吉田くんからまっすぐに向けられた好意をうれしく思うと同時に、自分が今まで独りぼっちだったことに気付いたのだ。

 

(※)"普段あまり料理をしないママだけど、どういうわけかお雑煮だけは、パパの方の仕込みの関西風のやつを、だしをとるところからちゃんとつくる"

柚はまだ無自覚だけどママがパパのとこを憎んでいるだけじゃないことが表れている一文。大人の関係が一種類の感情だけで成り立っていることがわかるのに、柚はまだ"子供すぎる"のだ。だけど柚もきっと"いつかわかるときがくる"のだろうな。

 

 

物語が年末から元旦にかけて書かれていることと、江國香織さん独特の清潔で美しくて切ない文章が1月1日にぴったりだと思う。また来年の1月1日に読み返すのだろうな。テイスト オブ パラダイス以外の話も女子高生の時期特有の感情や友情が描かれていて非常に面白い。機会があればまた他の話についても書きたいと思う。